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・トモカズ連載
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・メール日記 by 角張渉
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・嗚呼亜米利加 by 稲垣智文

その1, イアン・マッケイ
その2, ホンモノのDIY ?
その3,イヨッ大統領

『お前らのおかげで、イカしたシンデレラボーイになれました!』と、白いマイクをステージに置いて、7年半活動してきたwnicoというバンドを脱退して早2年。
今回はそんなドタバタギャグの日曜日(チェキッ娘)って感じのお話。
加入前にライブを観に行くと、振り回してたギターのネックが折れて、ボディーが顔面に直撃した後、ステージの壁に走って激突するというギタリストがおりました。
『うあぁ、意味わかんねぇ〜』
と、一抹の不安を抱きながらも後任のドラマーとして加入したのが高3の冬。
大学入学も決定していたので、まぁつなぎ程度で演ればいいかなぁ・・・ぐらいの感覚だったんですが、トントン拍子でコンピ発売や、渡米の話が決まっていき、抜けらんなくなっちゃいました。
んで、ニューヨークでCMJとかいうイベントに出まして、その翌年には『ベイブズ イン トイランド』と『ビキニ キル』というバンドとツアーを回らさせて頂きました。
しかも、『キルロックスターズ』ってレーベルからリリースの契約を取るというオマケ付きで。
順風満帆かのように思われましたが、日・米・英同時発売のアルバムのセールスは、800枚という素晴らしい結果でありました。(泣)
その後は渡米するコトもなく、まさにNo New York(暴威)ですよ。
でも、wnicoというバンドにいなかったら、Jerry-O氏(当時デイトナUSA・キラートマト等)とも会うことは無かったので、きっとU CAN'にもいなかったと思います。
いや、感謝してますよホント。(遠い目)
現在、wnicoの皆様は、フィリピンパブに激ハマり中らしく、噂ではメンバーの一人はフィリピン人と交際しているそうです。(号泣)
共通の友人曰く、
『いや、中にはアムロちゃんみたいなカワイイ娘もいるじゃん?でも、モロにフィリピン人だった。(笑)』とのコトでした。(嗚咽)
これからもお互い頑張っていきたいものです。
またいつか一緒に演りたいなぁと思ったり思わなかったり・・・です。
へば。
 
 
 
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